ファッションでSPEED ARTを紡ぐ<br>Win Gのコスチューム誕生ストーリー

ファッションでSPEED ARTを紡ぐ
Win Gのコスチューム誕生ストーリー

by Koichi Yamaguchi/ May 27, 2025

2025年、K-tunes Racingが掲げるチームコンセプト「SPEED ART」。ドライバーからチームスタッフまで、多くの人々が関わりながらスピードを追求するレース活動を総合芸術として捉え、美しいデザインと速さを融合させるという理念のもと、レースアンバサダーユニット「Win G」の新コスチュームが誕生した。

今回は、K-tunes Racingのイメージングディレクションを担当するクリエイティブディレクターの前田陽一郎さんと、コスチュームデザインを手掛けたデザイナー須藤あみ香さんに、「SPEED ART」のコンセプトをどのようにコスチュームに落とし込んでいったのか、制作の舞台裏を聞いた。

「SPEED ART」に込められた思い

前田さんによると、「SPEED ART」というコンセプトには「スピードとアートという2つの要素を純粋に組み合わせ、カッコよく速く走ろう」という思いが込められているという。レース活動そのものを一種の総合芸術として捉えるのは、モータースポーツに新たな魅力を見いだす視点といえるだろう。

K-tunes Racingイメージングディレクターの前田陽一郎さん

ちなみに、同コンセプトのもと、K-tunes Racingが参戦するSUPER GTのマシン、K-tunes RCF GT3のグラフィックデザインを、ファッションブランド「White Mountaineering」のデザイナー・相澤陽介さんが手掛けたインサイドストーリーについては既報の通りだ。

前田さんは今回のプロジェクトで、モータースポーツの世界を「ファッション」の視点から捉え直すという挑戦に取り組んだ。

「ファッションの力で、レースファンを中心とする閉じられたSUPER GTの世界を、一般の人にも興味を持ってもらえるものへと開いていきたいと考えました」と前田さん。「SUPER GTを走るマシンのデザインやレースアンバサダーの衣装は、サーキット内では魅力的ですが、その枠を超えて純粋に “お洒落”という視点を持ち込みたかったんです」

相澤陽介さんがデザインを手掛けた2025シーズンのK-tunes RCF GT3

前田さんはさらに、チーム全体のデザインの一体感を重視していると語る。「車両デザイン、レースアンバサダーのコスチューム、メカニックのユニフォームなど、全体として統一感のあるイメージを作り上げることが大切です。その核となるのが『SPEED ART』というコンセプトなのです」。

このコスチュームデザインの方向性を模索する中で、前田さんは相澤陽介さんとの対話から重要なインスピレーションを得た。「相澤さんに『SPEED ARTをどう解釈しましたか?』と尋ねると、『SF映画「トロン」の光が走るイメージ』『ジェームス・タレルの作品』という答えが返ってきました。これらのキーワードから、光の効果でスピード感を表現する手法を取り入れようと考えました」。

また前田さんは、レースアンバサダーとマシンの関係性についても独自のアイデアを持っていた。「K-tunes RCF GT3の横にレースアンバサダーが立つと、まるでクルマのパーツの一部のように感じられる。マシンの化身としてのレースアンバサダーというコンセプトが思い浮かびました」。

デザインの模索とクリエイティブのプロセス

今回、デザインを担当した須藤あみ香さんは、水着やスポーツウェアを得意とするアパレル「ガカモレジャパン」のデザイナーだ。同社は伸縮性のある素材を用いたアイテムを中心にデザインから生産までを手掛けている。

デザイナーの須藤あみ香さん

須藤さんは本プロジェクトに取り組んだ初期をこう振り返る。

「最初は『トロン』というキーワードからイメージを広げていきました。実際に映画を観て参考にしながら、レースアンバサダーのコスチュームとしてデザインを考えたのですが、当初の案では“未来のバニーガール”のようでクールさよりもセクシーさが際立ち、前田さんのイメージとはズレが生じてしまいました」

このギャップを埋めるため、両者はビジュアル資料を共有し、イメージの擦り合わせを重ねたという。「SNSで写真を見つけては共有しながら『このイメージですね』『これは違いますね』というやり取りを繰り返したことが、最終的なデザインに近づく上でとても重要でした」。

スピードのメタモルフォーゼを体現する可変式デザイン

このコスチュームの最大の特徴は、前田さんが「スピードのメタモルフォーゼ」と名付けた変幻自在なデザインコンセプトにある。

最終デザイン画。季節やレースによって着こなしが変化していく

「Win Gは従来のイメージを大胆に脱ぎ去り、より純粋に“スピード”を纏います。ストレッチ&メッシュ素材で構成されたボディスーツは空力デザインのようにレースアンバサダーのボディラインを美しく演出します」と前田さんは説明する。

全12パーツで構成されたこのコスチュームは、それらを組み合わせることで約100通りの着こなしパターンが生まれる。「10の着脱可能なパーツがサーキット毎に印象を変化させ、シーズンを通して新鮮な驚きを振りまきます」。

写真のファーストサンプルから改良が重ねられた

この可変性には実用的な意味もある。「レースアンバサダーのお披露目が4月にあり、そこからシーズンが終わる11月まで半年にわたって展開していきます。レースアンバサダーたちが立つ場所や気温がどんどん変わっていくのに、ずっと同じ衣装では対応できません」。

具体的には、「袖を取り外せたり、パンツの長さを変えられたり、胸元の開き具合も調整できる」仕様になっており、「一人ひとりが最も魅力的に見える着こなしができるよう工夫した」と前田さんは付け加える。

着こなしのバリエーションについて、前田さんは具体例を挙げる。「ハイレグのベースパーツと長さを変えられるパンツが基本となるパーツです。例えば、右足をロングに、左足をショートにするなど、バリエーション豊かなコーディネートが可能です。シーズン始めと終わりにはフルコーディネーションにするなど、気温や環境に合わせた調整ができます」

2次元デザインから立体への挑戦

須藤さんによれば、このコスチュームを製作する上での最大の課題は、平面のデザインを立体に変換することだった。

「平面のものを立体にしていく際、パーツのカーブが非常に重要になります。人体構造に基づいたフィットするカーブを作るため、パタンナーと綿密に話し合いながら、身体にフィットして動きやすいラインを追求しました」

特に難しかったのは、4人のレースアンバサダーそれぞれの体型に合わせることだという。

「体型が異なるので、各人に合わせてラインの調整を細かく行う必要がありました。また、スピード感を表現するためにホワイトの複雑なラインが入っているため、立体化した時の見え方にも気を配りました」

写真はファーストサンプルだが、素材もより着用感の優れたものに変更された

素材に関しても、伸縮性や着心地を考慮した選定が行われた。

「最終的に使用したのは、高級スポーツウェアに使われているイタリア製の素材です。メジャーなブランドでも採用されている生地で、身体にフィットしながらもしっかり伸びるため、着心地の良い仕上がりになっています」

ライダースジャケット風のアイテムには、環境への配慮も込めてフェイクレザーが採用された。

「最近は合皮の品質も向上しており、本物との区別がつかないほどなので、リアルレザーに見えるような質感を持った素材を採用しました。これは、環境や動物保護の観点からの選択です」と須藤さんは説明する。

「カッコいい」という評価

完成したコスチュームを着用したレースアンバサダーたちからは、「カッコいい」という声が上がった。

「今回は思い切ってセクシーよりもクールでスタイリッシュという方向に挑戦したので、彼女たちから『カッコいいです』という言葉をもらえたのは、狙い通りの反応で嬉しかったです」。前田さんはそう素直に語る。

須藤さんもレースアンバサダーたちの反応について次のように振り返る。

「みなさん私服で来られて、コスチュームに着替えた時のギャップがはっきりと表れているのが印象的でした。全員が『カッコいい』と評価してくださり、笑みを浮かべていたのが印象的でした」

「SPEED ART」を体現するコスチューム

完成したコスチュームは、K-tunes Racingの「SPEED ART」というコンセプトをどのように体現しているのだろうか。

前田さんは「ラインの太さや細さによる表現や、ボディラインを活かしたデザインによって、スピード感とファッション性の両立を目指しました」と説明する。

第2戦富士スピードウェイでの着こなし

スタイリッシュな黒をベースに白いラインが走るデザインは、まさに「光が走るイメージ」を表現。フルボディスーツとライダースジャケットを組み合わせることで、レースならではのスピード感と近未来的なクールさを演出している。

「今回のコスチュームリニューアルでは、自分たちが表現したかったことがしっかりと形になり、チームコンセプトを体現する統一感のあるデザインが実現しました」

「SPEED ART」を体現し、変幻自在に姿を変えるこの革新的なデザイン。サーキットという特別な空間を超え、ファッションとしての魅力を備えたウェアを纏う「Win G」の姿に、今シーズン、ぜひ注目してほしい。

前田陽一郎 | Yoichiro Maeda
(株)乃村工藝社での営業企画を経て、1994年より(株)祥伝社。ストリート誌の草分けともいえる『Boon』を手掛ける。2011年より『LEON』編集長に就任し、ちょい不良で知られる同誌を男性向け富裕層メディアの筆頭誌に押し上げた。現在、K-tunes Racingのイメージングディレクションを担当するほか、クラシックカー専門誌『Octane』日本版クリエイティブディレクター、アミパリス、ボルサリーノなどのブランドコンサルティングに携わる。
須藤あみ香 | Amika Sudo
2021年 織田ファッション専門学校ファッションデザイン専攻科を卒業後、GUACAMOLE JAPAN(株)に入社。スイムウェアのOEMを軸に、スイムスクールやゴルフグッズ、リゾートブランド向けのスイムウェア・スポーツウェア 等のデザイン企画を担当。各種イベントなどにおけるコスチュームデザイン企画にも参加。直近では、有名美術展のプロダクトデザイン企画にも携わる。
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