レースを支える裏方のプロフェッショナルたちK-tunes Racingのスタッフ紹介 後編
体格を買われて抜擢された燃料担当 メカニック 山田将…
長年の信頼関係で結ばれた新田守男選手、高木真一選手、そして影山正彦監督。極限のスピードの世界で戦い続けてきた3人が語る、K-tunes Racingの挑戦とSPEED ART。
SUPER GT 2025年シーズン開幕戦、岡山国際サーキット。雨に見舞われた決勝レースで、K-tunes Racing 96号車のドライバー、新田守男選手は苦境に立たされていた。
ウェットタイヤでスタートし、当初は25周程度でピットインする予定だった。しかし、影山正彦監督からの無線は「もう少し走ってほしい」というものだった。ラップタイムは悪くない、と。


摩耗したウェットタイヤ。路面のグリップは刻一刻と失われていく。新田選手はコックピットで、どのマシンよりも遅いタイムでラップを重ねているように感じていた。
「もうタイヤ、ダメですよ」「ピットに入っていいですか」
無線で繰り返し訴える。しかし、影山監督の答えは変わらない。
「世界一、自分が遅いのではないかと思うぐらいの感覚で走っていました」と新田選手は当時を振り返る。「トップと変わらないと言われても、『そんなの嘘に決まっているではないか』と思いました」。

実際には、新田選手のラップタイムはトップグループと大きく変わらなかった。影山監督はその事実を踏まえて、勝つためのレース戦略を練っていたのだ。他のマシンが続々とピットインする中、新田選手は走り続けた。結果として55周を走破し、高木選手へのドライバー交代のタイミングを最適化できた。この戦略が6位入賞につながったのだ。
「嘘だと思いながらも走り続ける」。この矛盾した行動を可能にしたものは何だったのか。


「皆さんは、本当の影山監督の性格を知らないでしょう。普段は、もう、めちゃくちゃ怖い人なんですよ」

新田選手が冗談めかしながら語ると、影山監督は笑いながら「怖くないでしょう。怒ったことある?」と返す。「もちろん、あります」と新田選手。この軽妙なやり取りに、長年の関係性が滲む。
新田選手と高木選手が影山監督と知り合ったのは、まだ2人がレースの世界に足を踏み入れた頃だった。影山監督と新田選手は3歳差、新田選手と高木選手が3歳差。かれこれ約40年にわたる付き合いだ。


「我々の世代は、レースの世界に若手ドライバーを育てようという環境がなかったんです」と影山監督は語る。ミスは一切許されない、結果だけを求められる時代。「少々ダメでも、じっくり才能を見出していこうという現代のような考えはありませんでした」
新田選手も「常に不安で、安心できない日々でした」と振り返る。来シーズンもチームとの契約が続くのか。シーズン途中で契約を打ち切られないか。そうした緊張感の中でレーシングドライバーとして戦い続けてきた。


「私たち3人でよく話しているのですが、これだけ長きに渡ってレースを続けてこられているのは奇跡ですよね」と新田選手は笑みを浮かべる。
奇跡──彼らが繰り返すこの言葉の重みは、モータースポーツの世界を知らない者には理解するのが難しい。40年という時間が紡いだのは、単なる顔なじみの関係ではない。極限の世界を経験した者同士だからこそ、わかり合える何かがある。それが、雨の岡山での判断を支えたのだ。
そんな彼らが現在籍を置くのがK-tunes Racingだ。
「K-tunes Racingは、チームオーナーの末長(一範)さんが掲げる、レース活動を通じて『倉敷から世界へ』挑戦するという理念が、ものすごく表出しているチームだと感じます」と新田選手は語る。通常のチームでは躊躇するような試みにも挑戦する姿勢が、このチームにはあるという。


一方、高木選手はK-tunes Racingでの4年間をこう振り返る。
「初めてチームの拠点であるBoostarを訪れたときに、ファクトリーがクリーンで機器も整っていて、非常にシステマティックにレース活動に取り組んでいるチームだと感じました。
それでいてすごくアットホームな雰囲気に満ちていて、チームに加入してすぐに皆さんに受け入れてもらえました。自然にレースに打ち込める環境を作ってもらっていることに、いつも感謝しています」


影山監督は、K-tunes Racingを「良い意味でアットホームなチーム」と表現する。「アットホームと言っても、馴れ合いのアットホームではありません。家族にも、アットホームのなかにそれぞれ役割があるじゃないですか。K-tunes Racingも同じで、みんなの輪を大切にしながらも、良い意味で厳しさがあるチームです」。この信頼感と緊張感が同居し一体感が、K-tunes Racingの強みなのだ。
K-tunes Racingが2025年シーズンから掲げているチームコンセプト「SPEED ART」。このコンセプトは、新田選手、高木選手、そして影山監督が経験してきた「スピード」の本質と深く結びついている。


一般の人々が決して体験することのない極限のハイスピードの世界で、日々挑戦を続ける彼ら。ちなみに新田選手は、レーシングカーの開発テストに取り組んでいるときに、350km/hオーバーの世界を経験した。影山監督もかつてグループCカーで耐久レースに参戦していた際、富士スピードウェイのホームストレートでは350km/hに達したという。
こうした極限のスピードで戦う彼らが、「SPEED ART」というコンセプトをどう捉えているのか。新田選手は語る。


「スピードは、確かにレースにおける重要な要素のひとつです。でも、それはあくまでひとつの要素に過ぎません。最新テクノロジーが惜しみなく注ぎ込まれたレーシングカーからチームスタッフ一人ひとりまで、スピードを追い求める様々な要素が相まって、勝利に繋がります。そうした一連の取り組みを、アートと表現できるのかどうかは分かりませんが……」
モータースポーツの世界に足を踏み入れた頃、新田選手はレーシングドライバーを一匹狼でできる仕事だと考えていたという。人見知りだった彼にとって、それは魅力的に映った。しかし現実は違った。


「こんなにも多くの様々な役割を担った人たちが関わっている中で、走らなければいけない。それは大きなプレッシャーでした。でも優勝した時には、そういった人たちとともに掴み取った勝利の喜びを分かち合える。それが特別なものになりました」と新田選手。
「SUPER GTは携わっているメカニックやスタッフ、関係者が圧倒的に多い。だからこそ、結果を出した時にはみんなと喜びを分かちあえる。そこには、他のカテゴリーでは味わえない魅力があります。そうした喜びがあるからこそ、長年にわたってレース活動を続けてこられたのだと思います」。高木選手もそう語る。


レースは単なるスピードの追求ではない。誰よりも速くチェッカーフラッグを受けるべく、レーシングドライバーやエンジニア、メカニックらが一体となる。その総体としての営みこそが、K-tunes Racingが掲げる「SPEED ART」なのだろう。
さらに、アートとしてのモータースポーツには、もう一つの側面がある。
「よく高木選手や影山監督とも話すのですが、正直なところ、私たちレーシングドライバーは、世の中にいなくても日々の生活で困ることのない存在なんです」と新田選手。


確かにモータースポーツは、人々が暮らしていく上で誰もが必ず必要なものではない。しかし、存在することで確実に人々の心が動かされ、感動が生まれる。それは、まさにアート通じるものである。そして、その実現のためには、膨大な数の人々が関わる。

2025年シーズンのSUPER GTは、11月1-2日にモビリティリゾートもてぎで開催された第8戦で幕を閉じた。しかし、新田選手、高木選手、そして影山監督の勝利への挑戦は、これからも続く。このインタビューの最後に語られた高木選手の言葉が、2026年シーズンへの期待感を高めてくれる。
「優勝を、あと少しだけ待っていてください」